最寄りのバス停まで向かう通勤経路の途中の道、さほど広くはなく、車が一台通れる程度なのですが、れっきとした公道。乗用車のすれ違いができないので住人の車以外は通らない、ゆえに安全といえば安全で、その代わり歩行者や自転車はけっこう通る。安全だからね。
で、その道沿いにとても面倒くさい家族が住む住宅がありまして、おそらく三十代の夫婦と子供二人(幼稚園か保育園)という家族構成なんですが、件の公道の車の交通量が少ないため、すっかり「我が家の庭」代わり。朝な夕なに子供たちを野放しにして遊ばせているんですよ。子供だけでなく何なら母親も一緒にいてボケッと見てる。三輪車や足で漕ぐ車のおもちゃに乗った二人がギャーギャー騒ぎながら我が物顔で走り回り、それを避けて歩いていくわけですが、先にも記したように、車は通らないけど歩行者と自転車はそれなりに通るし、マジで危ないし邪魔。もううんざり。いわゆる「子育て様」「残クレファミリー」と揶揄される典型的な家族ですね。少子化が顕著になり、子育て世代への支援が声高に叫ばれるのに比例して、こういう家族が増加したってのは誰もが抱く認識なのではないかと思います。こっちだって子育て経験済だけど、そんなに厚顔無恥な態度はとらんかったぞ。
彼らのせいでその道は通りたくはない、が、別の道を経由したのではめちゃ時間がかかるし(試しにやったことがあるのだ)そもそも何でオラが道変えなきゃなんねーんだよと思いつつ、一家に遭遇しないことを祈りながら通勤していました。雨の日は外でウロチョロしないから、雨で通勤が憂鬱どころかホッとしたくらい。また、母親が乗るワンボックスカーが駐車しておらず、子供たちも見当たらない時は「ヤツらが戻る前に通過せねば」と小走りに。ところが、そういう時に限ってタイミングよく向こうから車がやってきたりして「ゲーッ、帰ってきた」とガッカリすることも幾度となくありました。公道沿いには他にももちろん家があるのに他の住人とは殆ど会わず、なぜか毎度その一家と会ってしまう。もう勘弁してくれよ、どこかに引っ越してくれないかなと願うのですが、その家族が越してきたのが二年程前なので、そうすぐに引っ越すはずもない。

ところがですよ、先月の初めだったか、朝も夕方も母親のワンボックスカーをみかけなくなりまして、それまで働いていたかどうかも不明で、もしかして仕事を始めた、或いはパートから正社員に転職して出勤が早くなった&退勤が遅くなったのか、などと推察していたのですが、そのうち、とあることに気づいたのです。それは家の表に放り出されていた三輪車と車のおもちゃが見えなくなっていたこと。それだけではなく、子供がいた気配すらも消えていた。父親の車は以前のまま駐車されている、これって、もしや離婚? 母親が子供たちを引き取って実家にでも帰ったということなのか。
その後も変わらず、件の家には父親の車だけが停まっていまして、もしかしてオラが「どこかに引っ越してくれないかな」と願ったせいでは、と考えると、彼らがいなくなったことの安堵感よりも怖さが先に立ちました。「試験に合格しますように」といった類のポジティブな願いならばともかく、その場所からいなくなって欲しいという願いは呪いとまではいかなくても、それに近いものなのでは。「人を呪わば穴二つ」というように、誰かに放った呪いは自分に返ってくる。他人に対してネガティブなお願いはしないようにと自分を戒めた次第でした。でもまあ、通勤時のストレスが減ったのは事実です、はい。
