灰になるまで腐女子です?

二次元沼にハマった永遠の35歳主腐が同輩を求めて綴る戯言

懼れ知らずのアルバイト

今週のお題「こんなバイトをしてました」

 高校はアルバイト禁止だったと思うのですが、そもそも高校生を雇うような仕事など殆どない時代ですし、さらに職種の少ない地方暮らしとあって、そうでなくてもバイトをするつもりはありませんでした。それが関東の大学に進学、下宿生活を始めて、バイトをしなくては生活が成り立たない状況に。よって、大学時代は様々なアルバイトに従事しました。ネット・携帯電話のない時代、唯一のツールであるアルバイト情報誌で探して連絡を取って……という場合もありましたが、大学の学生課に求人票が掲示されていて、それを見て応募するパターンも。特に印象が強く、今でもよく覚えているバイトは以下のとおり。

①地図の現地調査と報告 ☜一年生の時の夏休み、おそらく学生課に求人がきていた初めての短期バイト。前年度かもっと前のものかは忘れたが、とにかく古い地図を持って現地に行き、その後変化のあった場所(空き地に家が建っていた等)を書き込んでくる。日給+交通費が貰えた。真夏の暑い時だったけれど、今ほどの気温じゃなかったからやれたと思う。

②家庭教師 ☜二年生の時の長期バイト。こちらも学生課経由。週に二回、私立中学を受験する生徒(小学六年生女子)の家を訪問して国語と算数を教えた。経験した全バイトの中で一番時給が高く、夕飯も御馳走になれて有難かった。チャレンジ受験としてワンランク上の学校も一応受けるけれど、とりあえず第一志望の学校に受かれば御の字、だったのが、チャレンジ受験成功(ワンランク上に合格)という嬉しい結果に。御両親にめっちゃ感謝された。一番いい想い出のバイト。

③遊園地の食堂の調理補助 ☜三年生の時のゴールデンウィーク中の短期バイト。学生課に求人がきており、男子が六名ほど、女子は友人のTと二人で応募したのだが、男子の仕事はただのジュース売りでめっちゃ楽なのに、女子はバチクソこき使われるという、今では考えられない超ハラスメントな職場だった。当然、学生課へ抗議に行った。一番イヤな思いをしたバイト。

④牛丼チェーン店の調理補助 ☜三年生の時の中期バイト。初の情報誌での応募。牛丼を作るのはメインのバイトが行なうので、サラダや玉子、味噌汁を出したり、食材を倉庫から運んだりといった作業内容。賄いつきなのは有難かったが、女子は一人なのでセクハラにも遭った。さらには、新宿駅近くの繁華街入口前という、今なら治安の悪さから女子大生なんぞが働くべきではない場所にある店で、懼れ知らずといえばそうなんだけど、それだけ平和な時代だったのか。

牛丼の無料イラスト

⑤小型機械の組み立て ☜三年生の時の中期バイト。④を辞めてから再び情報誌で探したと思うのだが記憶が曖昧。会社の場所が代官山で、そこがどんな土地なのか知らなかった身としては行ってびっくりだった。

⑥ベンチャー企業の開発の手伝い ☜四年生の時の中期バイト。こちらも情報誌から。就職が決まったあと、卒業までの間にいくらか稼ごうと応募した。理系の学生を中心に採用しており、開発中の商品の実験などを手伝った。

 一番印象的だったのはやはり④ですかね。顔面がピアスまみれのお客とか来てビビった記憶があります。この他にも、帰省したタイミングで二、三日間スーパーの日雇い(店内の品出しやら年末の屋外での臨時販売等、母が探してきたのだが、どういうツテがあったのか不明)印象が薄すぎて覚えていない短期バイトなど、いろんなところで働きました。今では有り得ないハラスメントなどのイヤな思いもしましたが、若い頃の貴重な体験だったのもたしかです。

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