生意気なガキだったオラが大人になったらやってみたいことのひとつに「バーに行ってカクテルを飲む」がありました。しかしながら、成人して酒を飲む機会を得るようになっても学生の分際では敷居が高いというか、安い居酒屋で大騒ぎがお似合いだし、そもそもそこにかけられる金もなかった。んでもって、晴れて社会人となりましたが、研修期間が長かったこともあって学生気分が抜けないまま、アフターは同期のメンバーと居酒屋に行くパターンが続きました。それで満足だったし、バーへの憧れも冷めたというより忘れていたという感じでした。
さて、ネットもケータイもなかった当時の情報収集の手段のひとつは雑誌。仕事にも何とか慣れた入社2年目だったかな、街の飲食店などを紹介する冊子(今のホット〇ッパーみたいなやつ)がオシャンなバーの特集を組んでいて、それを拝読していると横浜市内にあるバーの紹介が目に留まりました。やや古びた感じの店で、調度品も年季の入った木製のものを使っており、カウンター席がメインの薄暗い室内等、自分が思い描いていた理想のバーの姿がそこにありました。紹介文によると結構な老舗らしく、それでいて「一見さんお断り」のようなことはなく初めての人でも大丈夫らしい。ここなら「初のバー体験」にトライできるのではないか。若さゆえに怖いもの知らずだったんですね、その記事を頼りに、一人で店に乗り込みました。扉を開けると、ダウンライトに照らされてJAZZが流れる、想像どおりのムーディーな雰囲気。ひとりで静かに飲む人、低い声で語り合う上品な中高年の男女、バーテンダーの方も優しく迎え入れてくれて大満足。自小説に登場するバーのモデル、というか原点はこの店にあったとわかりますね。
とはいえ、その後しばらくは行く機会もなく時が過ぎて翌年、新入社員として入社してきた後輩が「先輩、大人のムードの店を知っていたら教えてください」と言うので、件の店へ連れて行ったのですが……あれ、何か違う。建物はそのまま、造りも同じなんですが、照明がめっちゃ明るくなっているではないですか。あのダウンライトは何処へ行ったの? しかもカウンターよりテーブル席がメインになっており、そこで若い男女のグループがワイワイやりながら飲んでいる。ムーディーな大人の店は単なる洋風居酒屋になっていました。隠れ家と呼べるほど通ったわけではないけど、理想のバーではなくなってしまったことがとてもショックでした。バーじゃ儲からないのか、それとも経営者が代わったとか、変化の理由はわかりませんが、それきり行くことはなくなりました。
もう理想のバーに出会うことはないのか。だからといって、バーであればどこでも、などと、むやみに凸撃するわけにもいかず、それでも次にトライしてみようと思ったのはシティホテルのバー。ホテル内の店ならボッタクリなどの心配もないし、変な客もいないから安心だ。山下公園付近には多くの老舗ホテルがあり、そのうちのひとつに行ってみようという、これまた無鉄砲な行動をとったのです。
ホテル内の施設だけあって、フレンチレストラン風の都会的な雰囲気の店は女性スタッフも数人いて安心。そこでカクテルとちょっとした料理を頼んだのはいいが、そのスタッフさん、グラスが空くと「お飲み物は」食べ終わると「何かお料理は」と、やたら勧めるので、ついつい追加注文して、バーとは思えないガッツリした料理も含めて最終的に3皿頼みました。女一人で飲みに来て、そんなに食う奴はおらんやろ。普通に夕飯じゃん。静かにグラスを傾けてムードを楽しむ……のはずが、料理をガツガツ食べたとあってオシャンな雰囲気は台無し。空腹だったのもあるんだけど、だったら飯食べてから行けよ、ってことね。
オシャンなバーへ行くチャンスはそれ以降ないのですが、今は夫という連れもいるので、いずれまた機会を作って行ってみたいと思います。